ある社員に関する資料を前に、しばらく手が止まったことがあります。
結果や規則という視点だけで見れば、資料からある程度は物事が見えます。
ただ人はそう簡単に割り切れません。
過去の経緯や本人の事情、今まで頑張ってきたことなどを考えると、最後の決断がどうしても重くなります。
信賞必罰は勿論大事です。
良い行いをしっかり評価し、そうでない場合はそれなりの対応をするのは当たり前のことです。
しかし今は、そう単純ではありません。
少し強く言えばハラスメントだと云われかねません。
受け取られ方によっては、労基署だ、弁護士だという話にもなるでしょう。
そうなると、経営者側も無防備ではいられません。
もはや昔のやり方が通用する時代ではなくなりましたから、私はできるだけ感情を入れずに記録を残し、淡々と対応するようにしています。
本音を言えば、もっとストレートに言いたい時もありますが、さっきも書いたように、伝え方一つで別の方向へ飛んでいく時代です。
こういうのは自分らしくないなと感じる時もあります。
私は本来、感情を重んじ腹を割って話したいタイプです
ただ会社を守るためには、感情でぶつかるだけではダメなのです。
そこが今の時代の難しさだと思います。
もう一つ難しいのは、業績が多少安定してくると、経営者に妥協が生じやすいことです。
赤字なら即座に手を打たねばならないことでも、順調な経営状態なら問題を先送りしやすくなるのです。
本人も頑張っているし、別に今すぐでなくとも…
そうやって少しずつ判断が甘くなります。
しかし会社が大きくなればなるほど、一人の緩みが全体に与える影響は大きくなります。
私は、個人の能力云々より、やろうとしないことの方が問題だと思っています。
不器用でも、一生懸命やる人なら伸びる可能性がある。
一方で、そもそもやる気がない、向き合う気がない、責任を持つ気がないとなれば別です。
真面目に頑張っている人が疲れてしまいます。
厳しさという言葉は、誤解されやすいものです。
怒鳴ること、感情的になることが厳しさではありません。
ほんとうの厳しさとは、組織と本人の未来を考えて、言うべきことを言い、決めるべきことを決める責任を持つことです。
私自身、まだそこは修行中です。
これまで避けてきた自覚もありますが、そのままでは会社が弱くなる。
優しさだけでは現場は守れません。
優しさと甘やかしも違うからです。
判断軸というのは、苦しい時に逃げないためにあるのです。
人を大切にすることと、ダメなことをダメと言うことは、決して矛盾しません。
むしろ、両者が揃って初めて、本当に人を大切にする経営だと思います。